創業者デイヴィッド・オグルヴィについて

広告のスタイルを変えた男

オグルヴィの創始者、デイヴィッド・オグルヴィが、生まれ故郷の英国を離れ、ニューヨークの広告ビジネスの中心地、マディソン・アベニューに小さな広告会社を設立したのは、1948年のことでした。資本金わずか6,000ドルでつくられたその会社が「オグルヴィ・アンド・メイザー」です。デイヴィッドは当時38歳でした。

David Ogilvy それから60年が経った2008年、英国のテレビ局BBCは デイヴィッドの生涯を振り返るドキュメント番組を放映しました。その番組の中で、ナレーターがデイヴィッドについて、こう語っています。

「デイヴィッドは、自分をブランド化していた。英国人であることを強調するように、ツイードの服を着て、パイプを吹かし、毎日4時半きっかりに紅茶を飲んだ。当時の広告業界で、自分自身をブランドにしようと考えたのは、彼ひとりだった」

彼が新しかったのは、自分をブランドにしようとしたことだけではありません。彼は、広告のスタイルそのものの変革者でもありました。それまでのアメリカの広告では「ハード・セル」、つまり、商品のセリング・ポイントをひたすら消費者にアピールするという方法が主流でした。それに対し、自身コピーライターだったデイヴィッドは、広告の雰囲気や色、コピー、ユーモア、エモーション、そして何よりもアイデアにこだわりました。クリエイティビティを重視したその「ソフト・セル」の方法論によって、広告は一歩前進することになりました。それが、デイヴィッドが「近代広告の父」と呼ばれるゆえんです。

1983年会長職を退きましたが、フランスのTouffouに居を移し積極的にビジネスに携わりました。1999年7月21日没。

デイヴィッド・オグルヴィが語る「人」と「アイデア」

オグルヴィの創始者、デイヴィッド・オグルヴィが何よりも重視したのは、ひとつに、広告活動とは人が人に対して働きかける、優れて人間的な行為であるということ、ひとつに、人の心をとらえる広告には「ビッグ・アイデア=優れたアイデア」がなければならないということでした。デイヴィッドの思想のエッセンスを映像でお届けします(2分27秒)。

デイヴィッド・オグルヴィについて:「彼は広告マンという新しいブランドを生み出した」
(英BBC『DAVID OGILVY:ORIGINAL MAD MAN』より)

デイヴィッドが残した言葉

コピーライターであったデイヴィッド・オグルヴィは、生前、数々の名言、名フレーズを残しました。ここでは、いくつかのテーマに分けて、デイヴィッドが残した言葉をご紹介します。

デイヴィッドが残した言葉

デイヴィッドの書籍
『ある広告人の告白』

『ある広告人の告白』 デイヴィッド・オグルヴィ著/山内あゆ子訳
海と月社
原書:Confessions of an Advertising Man (1963)

デイヴィッドが、自身の広告づくりの秘密や広告人としての生き方などを、時に哲学的に、時に実証的に記した一冊。これまで世界14カ国で翻訳出版され、累計出版部数は100万部を超えています。

『ある広告人の告白』 『ある広告人の告白』

『広告の巨人オグルヴィ語録』

『広告の巨人オグルヴィ語録』 デイヴィッド・オグルヴィ著/山内あゆ子訳
海と月社
原書:The unpublished David Ogilvy - a selection of his writings from the files of his partners

異色の職歴と、才気とユーモアにあふれ、常に現実に即し、断固として権威に屈しない人柄で、卓越したビジネスリーダーとなったデイヴィッドは、今も世界でもっとも有名な広告人のひとりとして知られています。
本書は、その彼が50年以上にわたって書いた手紙、プライベートメモ、あるいは講演から、96の名言・名文をまとめたものです。

『広告の巨人オグルヴィ語録』

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